これは男の実務的社交性とはまったく非なるもので、まさしく天性、仕組まれることなく身に備わった大いなる才能というべきです。
これはあらゆる真理の裏表の如く、社交性をそれぞれサポートする機能といってもいいものですが、猫は寡黙を持って社交性をいや増し、女性はそのおしゃべりを持って社交の溝を補填するわけです。
一見正反対の寡黙と饒舌ではございますが、結果としてそのそれぞれの特性を見事に現していると言っていいもので、猫は、寡黙を持って人間との耐えざる距離感を醸成し、そこにミステリーを胚胎させるものですし、女性は、そのおしゃべりを持って同性との共生を果たし、互いの競争原理を埋めてしまうもののようです。
しかし男と女の関係にもあるミステリアスは恋愛の終焉とともに跡形もないことになりがちでございますが、猫と男のあいだにあるミステリアスはその様相にさほどの変容はありません。
この猫と男の変わりなき関係を考究するに、翻って男と女の関係の変容は、男と女のあいだにあるおしゃべりがその関係を変容させている要素なのではないかと、想いが至るのでございます。
猫の応答を拒否したといってもいいくらいの寡黙は、逆に変わらぬ恋愛感情を持続させ、その想いはあくまで夾雑物に邪魔されず、シンプルライフ、ひいてはスローライフに寄与していくものでございます。
思うにこの違いは社会的動物なる人間の不幸で、その社会的動物たるところの<社会的>を取り去り、ささやかな動物としての性をまっとうしたほうがより良きしあわせなのかもしれません。
或いは、異見もございましょうが……。
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