緑がおいしい季節であるのは人も猫も!




猫のいる生活とともに、それと連動するようにあるのが緑のある生活
-----でございます。
これなくしては土と触れ合うこともない鉄筋生活となるわけですから、なにやら限りなく生命の息吹と縁なきこととなるわけであります。

緑1.jpgニャンくんたちもまさしく命のありか、自然のことわりを身に引き寄せてくれる、美しき生命体なわけですが、彼らもまた鉄筋生活ではいたたまれない自然児ではあります。彼らももとより土の匂い、風のそよぎ、緑の芳香に培われとるわけであります。

半リタイア後、限りなくやくたいもない組織と離れて、吾輩もまたニャンくんたちの身に添うように猫化しておるわけでございますから、緑をいっぱいに呼吸できる室内を吹きぬける微風がそのままおいしい緑のある環境を人知れず造っておるわけです。

緑3.jpgでありますから、こうして毎日が暖かくなりますと、毎日のように水遣りが欠かせぬものとなり、テラスもうで、玄関脇の花台への水遣りもすっかり日課となるわけです。

海にも近く風の強い日もありますので、その心配と手入れもありますが、緑なくしてやはり心健やかには参りません。艶々とした新芽を見るたび、心も弾むわけです。
最近はようやくミニひまわりが全開の姿を見せました。      
緑2.jpg                
タネより育てましても全部が全部健やかにはまいらねど、やはり花がつきみめ麗しくその全貌を明らかにしますと、命のたぐい稀なことわりにも感謝することとなります。

時々ムシャムシャとその緑を食味してしまうプラトンちゃんではありますが、それもまた良き哉、あまりの狼藉にならぬ限り、見過ごしておる次第です。だいたいはクンクンとその鼻先を緑に寄せて、その香りを楽しむことも多いわが家のニャンくんではございますので、ともども自然児としてミニ・森のある生活も楽しむところでございます。
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posted by 猫ニャン at 14:34 | Comment(1) | TrackBack(0) | 猫のいる生活

ミステリーのない男女関係なんて!




日頃、猫と女性はよく似ている、女を知りたければ猫を知れ! と標榜しておるんですが、その似ている部分の最大は、その社交性においてこそなのです。
これは男の実務的社交性とはまったく非なるもので、まさしく天性、仕組まれることなく身に備わった大いなる才能というべきです。

2009.3.20パトラ後姿.jpgそれでは猫と女性の一番異なった部分は何かといいますと、もうズバリ、寡黙と饒舌、これに尽きるのです。
これはあらゆる真理の裏表の如く、社交性をそれぞれサポートする機能といってもいいものですが、猫は寡黙を持って社交性をいや増し、女性はそのおしゃべりを持って社交の溝を補填するわけです。

一見正反対の寡黙と饒舌ではございますが、結果としてそのそれぞれの特性を見事に現していると言っていいもので、猫は、寡黙を持って人間との耐えざる距離感を醸成し、そこにミステリーを胚胎させるものですし、女性は、そのおしゃべりを持って同性との共生を果たし、互いの競争原理を埋めてしまうもののようです。

2009.4.7プラトン3.jpgここで猫と男性となりますと、あくまで異性、猫と女性が同性のごとくのおつきあいから言いますと、恋愛に限りなく近いミステリアスなのではございます。
しかし男と女の関係にもあるミステリアスは恋愛の終焉とともに跡形もないことになりがちでございますが、猫と男のあいだにあるミステリアスはその様相にさほどの変容はありません。

この猫と男の変わりなき関係を考究するに、翻って男と女の関係の変容は、男と女のあいだにあるおしゃべりがその関係を変容させている要素なのではないかと、想いが至るのでございます。
猫の応答を拒否したといってもいいくらいの寡黙は、逆に変わらぬ恋愛感情を持続させ、その想いはあくまで夾雑物に邪魔されず、シンプルライフ、ひいてはスローライフに寄与していくものでございます。

思うにこの違いは社会的動物なる人間の不幸で、その社会的動物たるところの<社会的>を取り去り、ささやかな動物としての性をまっとうしたほうがより良きしあわせなのかもしれません。
或いは、異見もございましょうが……。

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posted by 猫ニャン at 09:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | 猫のいる生活

猫の天敵、というとそれはね、
穏やかな生活を脅かすもんやで。




ハ〜イ、猫の天敵、わかりますか? 
ヒント。猫は警戒心旺盛、臆病に見えるほど。

なにしろ人間の鈍感な耳より敏いことでは何十倍も違う聴覚で、耳ざといですから、普通のざわめきも小うるさく、ちょっとした音にもびっくり、焼き芋屋の音声から消防車まで、迷惑至極の天敵ですね。
静かな生活をこよなく愛するニャンくんです。

profile.jpgつまり正解……音と、そして子供ですね。
音は人間には聴こえない音もキャッチできますから、理由なくと見えてもその理由は音にあったりします。ましてよく聴こえる、たとえば焼き芋屋の音声など、大音響なわけです。


子供はまた、何をしてくるかわからないところがありますからニャンくんは嫌いなんですね。びっくりさせるからですね。だいぶ遠くにいてもその予測できない動きがいやなんですね。吾輩も自転車に乗っていてちび助が前方にいると、余分な幅でよけるわけですが、その拡大版の警戒警報です。

愛猫劇場/排水溝にすっぽり心地良し。まだしもお散歩の道中にはワンくんのほうがいいみたいで近寄って行きます。吠えられて、「なんでや?」とつくばってやり過ごすこともしばし。4つ足動物は同類の親近感があるのでしょうか。

日中のお散歩ですと中庭から出たがりませんので、抱きかかえて近くの小学校の芝のところへも行ってみましたが、やはり夜半に訪れるときとは違う賑わい、「こんなん、イヤや」とばかり、匍匐後退、一目散家路に向かうんですね。

日中は中庭の周囲を見渡せる、ゆったりとした足場のスペースがお好み、なにをするでもなく、空気を味わい、緑の香りを嗅ぎ、これすべて命の洗濯、ゆくりなくいつまでも静かなたたずまいが似合って、猫はどこまでも静かな生活がお好きです。

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タグ:猫の生活
posted by 猫ニャン at 12:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 猫のいる生活

さあ次ナニ楽しもう!これが心得!




ことしもスカパーを導入してもうひとつの猫科<タイガース>への参戦間近で、ますます時間が足りなくなる吾輩ですが、ニャンくんたちは少しも動ぜず、吾輩を横目にしながら少しも生活ペースは変わりません。

いやいや、生活すらしていないところが、あっぱれ!なのですね。
猫の動きを見ていると、遂に人間にはこの天上びとのような暮らしは、生活のためにあれこれ立ち働いていている限り、ハナから無理!ということに気づきます。

パトラくん 美を慈しむせっかく猫と一緒にいるならそのおすそ分けくらいがせいぜいの余徳です。
猫と一緒に居ないなら、もうほとんどそれは生活。夢など入り込む余地はありません。
だから夜見る夢は時々カラーになるのでしょうか。
――なぁ〜んてね。

そんな猫も時々神隠しのように見えなくなることがあります。
これも結構日常的にあるので、その名を呼びつつ探すのですが、返事すらありません。
プラトンちゃん 寝ててもお転婆神隠しというより、神隠れ、その透明じみた歩行、まるでワープのように位置を変えてしまう存在、天上びとは静かに異界を駆け抜けているわけです。

若い頃、よく思ったものでした。貧乏?それは生活などしてしまうからだ。生活をしなければ、貧乏すらない。
そこから気ままな暮らしが始まったわけです。
遂に猫は、生活をしない暮らしの理想型かも知れませんね。

しっかりとそれでいて地に足のついた生活感はあるのです。
けれど生活臭がない。それがホンにエエとこやん。
グースカピーの起き抜けでも、次は何楽しもときょろキョロ、まあその前にトイレかいな、という感じ。すべからく余裕やねえ。

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posted by 猫ニャン at 09:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 猫のいる生活

玉座のニャンくんにインタビュー!




<家>というカテゴリにおいては、ご主人さまにスグ成りおおせるのは、猫の特技、と言っていいでしょう。
なにしろ在宅時間が最大な上、飼い主変じた召使までいることになってしまうのですから、そのベッドは玉座に似るのです。

王様のお休み=パトラくん.jpgその玉座にいる王に少しインタビューをいたしますと、
「なんや、うるさいなあ。なんか用か?」
「いえいえ、特に用というほどのものはないのですが、なぜそんなに目ざとく、耳ざといのですか?」
「しもじもが煩いからじゃ」

「ごもっともです。それではそんなによく眠れるのは何か秘訣が?」
「神々は、これが思索の姿勢なんじゃ。おめえさんも少しは思索の時間を持て!」
(コレ、下々に対する神々(上々)でありますよ!)

逆さプラトン2.jpg「お仕事もしないで日々悠々自適の日々を過ごすために心がけることは?」
「その発想がもうダメじゃ。こうして思索の時間が保てる限り、自然とわが身に神々の降臨が訪れるのじゃ。つまり当然、神々はやくたいもないお仕事などしようともせんのや」
「おそれいります」

俗世間にまみれたインタビュアーは早々に退散というわけです。
しもじもは使いっ走りに慣れきり過ぎとるだけのことなのですなあ。
教訓:たまには玉座にすわりんさい!

と言われてもなあ。下々の世界ではたいがい玉座に先客がいてなあ。
その居心地を知らんことも多いのよ。
まあ、あれだな。俺は王だと、自覚することから始めるしかないかもしれん。まずは群衆に紛れ癖を是正かもね。

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posted by 猫ニャン at 11:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 猫のいる生活

猫暮らしは天上びとへの近道!




愛猫劇場/王の風格!.jpgわが家の主(あるじ)はパトラくん(チンチラ・ゴールデンのオス。もうすぐ8歳)とプラトンちゃん(スコティッシュ・フォールドのメス。もうすぐ6歳)――個性豊かな、室内に彼らがいるだけで優雅光線を発して、の〜んびり、のほほ〜んの絶妙の空気を醸し出してくれます。
          
あれこれご不満もおありかと思いますのに、いささかも愚痴をこぼさず、いっさいイラつくこともされずに、ただただあるがままを愛して、彼らを見ているとわが家には神々が降臨(にして光臨)しておられますな、といった趣でございます。

その神々は、神々同士でドッスンバッタンのエクササイズも時にはされるわけでありますが、おおむねおひとりづつそれぞれの世界で、身づくろいをしたり、夢の世界にさまよったり、遥か永遠を見つめて、時には吾輩自身にも視線をさまよわせ、何をやくたいも無いことに精を出して日を送っているのかと、やんわりと諭されたりもするのでございます。

愛猫劇場/おとぼけ顔でも風格!そうと気づくと、吾輩も小休止、ここでいっぷく(と申しましても喫煙ではなく)ティータイムと、そのまま連続ドラマのごとく見かけたままの映画の続きを安楽椅子に身を預けて楽しむことと相成ることもしばし、彼らもよしよし、それで良しと、安心したようにまた自らの世界に舞い戻るさまを見ておりますと、吾輩もともども心豊かに安息が得られるわけでございます。

まこと三位一体、互いに引力のバランスがこうして絶妙な位置を保ちまして崩れることのないのは、ヘタな人間関係を超越するものでもございまして、この快美悦楽の気風を知らずになんと永き道のりを歩んできたものよなあと、深く越し方を反省するわけであります。

あれもしたいこれもしたい、あれも欲しいこれも欲しいと、とかく際限のない人間の、いわば抑制の自制装置(いや、リモート・コントロールかもしれません)として、彼らは天上よりつかわされているのではありますまいか。

そう考えますとすべて合点が行き、その大きな瞳にくるみこまれる安堵感に、また重ねて感謝とゆったりとした時間が跳び込んで来るわけとなるのでございます。
ほんにニャンくんは置いてみれば高級(恒久?)インテリアにして、人生を正道に戻す自動装置でもありますからして、お宝でございますなあ。ご褒美で思いつくのは100円前後の猫缶しかないのは申し訳ないようなことで、いつも感謝光線で彼らを慈しむ吾輩ということになるわけであります。
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posted by 猫ニャン at 12:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 猫のいる生活

外泊には厳しい視線が待っています!




猫との生活の最大のリスクは、旅行が激減することだ。
つまりは外泊ができない。できても1泊、蛮勇を奮って3泊まで実施したこともあるけれど、彼らの様子を見ると2度は出来なくなった。

実は趣味旅行が趣味猫、という具合になってしまったわけなのが現在の状況なのだ。
それまでは空の便のバーゲン情報と、宿泊、と言ってもホテル情報だが、欠かせぬ生活の日課であったのだが。

玉座ベッドツーショット3.jpgなにを隠そうホテル・フェチなぐらい、ホテルが好きなのだ。日本旅館はアタリハズレが多いのでやめて久しいが、外資ホテルは最大のターゲットであった。
それがすっかり影を潜めた。猫との安穏を選択したこととなる。

まだパトラくんだけのときは外泊することのリスクがわからず、1泊〜3泊を実施したけれども、1泊はまだしも2泊以上となるとその拗ね方を見ると、悪いことをしたなあと、吾輩もすっかり心が痛んで、そんな蛮勇を持てる時期は過ぎていった。

結局は彼らの言いなりというわけだ。
猫との生活でなにを気をつけるかというと、彼らにストレスを与えない、ということに尽きるわけだから、外泊は最大のストレスということになる。

3泊して帰宅後のパトラくんの対応は冷たいものだった。
吾輩の徹底無視、「あんた誰? ボクのことなんかどうでもエエ人なんか知らんわ」顔をそむけ、体ごとの抗議は半端なものじゃありません。

「悪かった悪かった。そんな、イジメんといてえな」
「キミとボクの仲やん、許してえな」
と繰り返しご機嫌を取り結んでも、「フン!」とあらぬかなたへ視線をさまよわせ、そっぽですやん。
あんな目に合わされるんやったら、1泊がええとこやな、という結論になったんですな。全くこの絆は切れしまへん。
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posted by 猫ニャン at 11:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | 猫のいる生活

猫を見てると詩人にもなれる気もする!




猫詩1

猫――ケダモノの苗。
人間――ジンカン、ヒトのあいだ、ヒトとヒトの間。

猫は暇さえあれば寝ている。
猫に暇もないものだが、時には忙しく行ったりきたりすることもある。
起きているときは日がな一日ゆったりと辺りを睥睨して倦まない。
毛づくろいや伸びをしたりして、時にいそしむ。

猫の時間はあきらかにヒトの時間と違うときを過ごして過ぎる。
よりゆったりと、よりひそやかに。
夜行性であるにもかかわらず、ヒトが寝る時間には猫もまた寝る。
あんなに寝たのにまた寝るの、というくらい寝つきはいい。

猫の眠りはしかし、浅く薄く、目ざとい。
時には薄目を開けて人の気配を明確にキャッチして逃さない。
別の部屋にいてもヒトの動向は、すっかり知ってしまっている。
猫の時間はヒトの時間を超える、宇宙のたゆたいの中にある。

眼を閉じ、まあるく寝そべる猫は、宇宙の中心である。
時は猫の味方であり、時は猫と共に在る。
在るという以上に、時は猫と共に居る。
猫は時を抱いて寝返りを打つ。時も抱かれて反転する。

夢の時間、法則を超える時間がゆったりと流れる。
猫には昨日もなく、明日もない。ただ永遠が寄り添う。
ヒトの間より、猫のあいだの方が、ずっと良さそうだ。
吾輩は猫とともに在る。ゆったりと嬉しい。

猫詩2

猫は生活の達人!
なにしろ飽きることがないのだから
いつも寝ている方が多いのだから

寝る姿はほんとに自然
それとも勝手気まま?
誰のためでもない自らの生を謳歌するように
その姿は天衣無縫!
     
寝姿の巧みは造形の妙
寝ながらの媚態 寝ながらの自己表現
しかもしかも どうやら夢を見ているらしい
寝姿は夢の結果?

あれだけ寝ているのに
猫の寝小便というのはない
仔猫のときからず〜っとない
不思議 偉いなあ

寝小便のメカニズムは
トイレの夢を観てしまうからだが
そんな夢を見たらトイレに行くということになる
しっかりしてるなあ

寝姿は無防備でも 
五感はいつも一触即発 
寝ながら見 寝ながら聞く 寝ながら嗅ぎ
夢に触れ 夢を味わう

猫の生活は夢と共に在る
猫は夢の達人!
寝ながら ウフフというような顔もする
なにしろ寝るのがお仕事なのだから

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タグ:猫詩
posted by 猫ニャン at 15:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 猫のいる生活

明眸とは、猫が人間に造らせたことば?




もともと猫に魅かれたのはあの明眸爛々の瞳に惹きつけられていたからだった。あの生命体はくらべるものもないくらい、生き生きとした訴求力を持って、ズシン!という重さで人の胸を襲う。

猫、大好き!20.jpgふと気づくと猫の視線に出会う。多くそれはいつも、もの問いたげである。なにを問うのかズバリわかるのは「食事?まだァ?」というときであるが、それは動作も混ざるからで、ふつうそれ以外の静かな視線はあまりにさまざまで判定しきれない。

ある時は「いつまでアホなことしとるんや、エエ加減にせいや」であったり、また或る時は「遊ぼうよ。運動せんと固まってしまうがな」であったりする。

時にそれは単なる観察であるだけで、要望など含まれないことも多いから、気にすることもないようなものであるが、その視線のまっすぐな、よどみのない、汚れなき飛翔力はいやでもわが胸に届く。

とにかく猫の瞳は胸キュンキュンのしわざである。
まして動作を交えて、その意図がはっきりしてしまうと、とても抵抗できるワザではない。出来る限りのご要望の達成に粉骨砕身するのみである。

猫、大好き!29.jpgそれでも時にその意図はやはり判明せず、彼らも「やはりダメか」と慨嘆してしまうときがあるのは、吾輩の忸怩たるひとときである。
それでも彼らはあきらめず静かな視線を降りそそぐ。そのいたいけな疑いを知らない視線の蓄積は、必ずしも充分なご要望の満足に至っていない後ろめたさの蓄積ともなって、出来る限りの対応を常に迫られる案配でもある。

それがイヤでないのは、すべてそのまなざしに心が宿っているからである。こんな誠意ある、こんな必死な、こんな美しい心の前に、イヤよ!はないものである。
なにもしてくれず言うことを訊かない猫といわれますが、言うことを訊いてやりたく、なんとかしてやりたいのは吾輩の方で、その癒しの空間に入れていただくだけで本望というのが、これ猫党のことわりではないでしょうか。あの瞳は、裏切れません。

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posted by 猫ニャン at 12:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 猫のいる生活

文化の品質を高めるのは
猫!?それとも女性!?




猫には唇がない。
これはいかなることを象徴しているかと言いますと、分別と節度を現しているものと、お考えいただいてまちがいございません。

猫は文化なり余分なものを欲しがらず、余計なこともしない、これは猫の基本的な特性でございます。
人間を見慣れてしまい、人間を基準にしてしまう習慣に毒されてしまいますと、えてしてこの分別や節度が、けだものに、ましてや猫にあろうとはお感じにならないようになってしまいますが、これこそが人間の驕りというものであります。

実はけだものの中の獣こそ、人間なのでありまして、これは火を見るよりもあきらか、減ることのない日々の事件がそれを証明しております。
そのために、法律ができ留置所ができ、死刑執行人まで用意されているわけでございます。
こんなものを用意しないと、人はひとを、とても疑わしい、何をするかわからない、動物として互いに互いを見張っていたりするものでございます。
身をもっておのれが動物であり獣であることを象徴しているわけでございます。

おわかりいただけるでございましょうか。
もちろん動物たちも殺し合うこともあるのを知らないではありません。しかしそれは必要最低限であります。人間は欲望無限大でございます。
猫にはそれもありません。

野良の、よほど荒んだ空間にいる猫までは知りませんが、まず見たことがありません。
猫と共に居ると、ですからまことに穏やかなゆったりとした陽が昇り暮れなずむ日々であります。
快感! とはこのことでございます。

それは分別と節度が、ゆくりなくその周囲に、ゆったりとして心地良いその空気を醸し出してしまうからでございます。
元始、女性が太陽であったころ、女性はこのような猫でもあったのではなかろうかと、いぶかしむものでございます。

そういえば、つつましさという、分別と節度の、古来より脈々と培われてきました日本文化は、猫のしなやかさを孕んだ文化であるわけでしたなあ。
分別と節度の、猫は天才である――と、こう感じてやまない猫暮らしであります。

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タグ:分別 節度
posted by 猫ニャン at 16:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 猫のいる生活

昼寝生活、つまりはスローライフや。




スローライフって猫暮らしのことやん! 
スローライフの格好の先生はニャンくんたち。

「なにやくたいもないことしてるんねん?はよ昼寝でもしよ!」
あんまり長いことパソコンの前などにいると、伸び上がってその手を掛け吾輩を呼びに来るニャンくんたちですが、
「そやなあ、お茶でもしようかなあ」
と、気分転換に立ち上がる吾輩です。

プラトン2007.11.3時には横でうたた寝をしていた彼らが「よっこらしょ」と起き上がり、眼いっぱいの背伸び、全身伸ばしにいそしむ姿を契機に、吾輩も立ち上がりおんなじ屈伸運動もしてみるのであります。

いつもお世話になりますニャンくんたち、そんな案配であります。
忙しいの嫌い! ゆっくり時間と遊ぼう! この命何をあくせく!
と、ニャンくんはいつも模範を垂れてくれます。

寝ながらでも時々薄目を開けて見やり、
「ご苦労なこっちゃなあ。まだ終わらんのかい。わし寝るさかい…ムグゥ…フニャムニャ…」
と、もと来た眠り道に還って行かれます。

プラトンちゃん 寝ててもお転婆大の字にもなれば、弓なりにも、或いは拝み寝といいますか、両の手を合わせるようにしてその先に顔を押し込むようにして寝ています。とにかく千変万化、その見る夢によっても違うのかもしれません。
あんまり可愛いその寝ぶりに、その肩なり肉球なりに触れたくなって、お邪魔虫させていただくのも吾輩であります。

「せっかくこんな格好でもゆっくりできるアンサンやから安心しとるのに邪魔せんといてえな」
と、やはり薄目を開けて吾輩を叱るとまたムニャムニャ…。
まことに気持ち良さブローであります。その寝姿に惚れ直しますねんなあ。

人間も同じ動物やのに、なんでこうも忙しいのかなあ。近所迷惑な携帯まで常用して、また余計せわしなっとる、あほな動物やなあ。反省しきりであります。
夢を見るなら、スローライフ、 「のほほォ〜ん猫暮らし」ではあります。

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posted by 猫ニャン at 13:18 | Comment(1) | TrackBack(0) | 猫のいる生活

猫になるなら、
ニャンとも嬉しい昼寝生活!




猫と共に居ると、時には昼寝のある生活をしてみたくなる。
ところが昼寝に該当する時間はなんらかお仕事もしなければならず、おいそれとうたた寝を決め込むわけにはいかない。

王様のご就寝そうは言っても、月に一度くらいは、今日こそ昼寝とそれこそするべき全てをうっちゃって、今するべきは昼寝と、グースカピースカにはまり込むことがないではない。
そんなときは一気呵成に眠りに入れるかというとそうでもなくて、走馬灯のように請求がましくあれこれ雑事が点灯し、邪魔をはることも多いのは雑念の多い人の宿命でもあろうか。

と、そんな想いで寝返りを打って見やると、ベッドの横の彼らのベッドにもうすっかりうたた寝を決め込んでいるのがわがニャンくんたち。音もなく気配もなし、悠久の過去からそこに寝そべっていたかのように、眠りの後発隊にもかかわらず、さすが眠りの達人にあらせられて、吾輩の気配にチロッと薄目を開けて見やっても、すぐまた………の世界へ。
       
わが家の全員集合を知り、彼らの安息に見習うごとくそうして吾輩も………の世界へ。
まことニャンくんたちはひとの心の鎧を解き放ち、すっかり幽明の垣根を取り払って、眠りに誘う天才でもある。
そしてもうこんな時間?とめざめるのはやや薄暗くなった夕刻となるのであるが、ウ〜ン、よく寝たなあとベッドを跡にして起き抜けようとする気配に、これもニャンくんたち、すぐさま気づいて薄目を開け、「もう起きるんかいな」とこれ見よがしに寝返りを打ち、「ワイはもうちっと寝るでえ」とのたまう。

王様のお休み=パトラくん.jpg彼らにはおそらくいっさいのしがらみはなく、いや、モミモミや、その眠りへのしがらみこそあれ、人の世の軋轢を隠したしがらみはなく、それこそしがらみを寸断していくいさぎよさにふと、若き吾輩もこうではなかったかと、思い至る。

まこと猫と共に在ると、そうしてすべのよしなしごとを離れて、若き夢想にまた立ち返る、そんな時間を提供してくれるものではある。共に過ごせば、無理もなからぬ昼寝のある生活への絶えざるあこがれではある。昼寝大好き! 吾輩の場合はほぼ夕寝に近い昼寝ではあるけれども。

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タグ:昼寝
posted by 猫ニャン at 14:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 猫のいる生活

ニャンくんの最大のストレスは
最小にするしかありません!




猫との生活の最大のリスクは、旅行が激減することだ。
つまりは外泊ができない。できても1泊、蛮勇を奮って3泊まで実施したこともあるけれど、彼らの様子を見ると2度は出来なくなった。

おふたりさん そっくりグッズ実は趣味旅行、が趣味猫、という具合になってしまったわけなのが、現在の状況なのだ。
それまでは空の便のバーゲン情報と、宿泊、と言ってもホテル情報だが、欠かせぬ生活の日課であったのだが。
なにを隠そうホテル・フェチなぐらい、ホテルが好きなのだ。日本旅館はアタリハズレが多いのでやめて久しいが、外資ホテルは最大のターゲットであった。

それがすっかり影を潜めた。猫との安穏を選択したこととなる。
まだパトラくんだけのときは外泊することのリスクがわからず、1泊〜3泊を実施したけれども、1泊はまだしも2泊以上となるとその拗ね方を見ると、悪いことをしたなあと、吾輩もすっかり心が痛んで、そんな蛮勇を持てる時期は過ぎていった。

結局は彼らの言いなりというわけだ。
猫との生活でなにを気をつけるかというと、彼らにストレスを与えない、ということに尽きるわけだから、外泊は最大のストレスということになる。

3泊して帰宅後のパトラくんの対応は冷たいものだった。
吾輩の徹底無視、「あんた誰? ボクのことなんかどうでもエエ人なんか知らんわ」顔をそむけ、体ごとの抗議は半端なものじゃありません。
「悪かった悪かった。そんな、イジメんといてえな」
「キミとボクの仲やん、許してえな」
と繰り返しご機嫌を取り結んでも、「フン!」とあらぬかなたへ視線をさまよわせ、そっぽですやん。

あんな目に合わされるんやったら、1泊がええとこやな、という結論になったんですな。全くこの絆は切れしまへん。

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タグ:旅行 外泊
posted by 猫ニャン at 14:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 猫のいる生活

師走や。こんな時こそ
猫のゆったり感を頂戴したいなあ。




いやあ。あれこれアレコレ忙しいばかりの師走突入でっせ。
そのあおりでブログ更新もままならぬというこっちゃなあ。でも暇を見つけてこうして戻るブログ、少年時代のわが家より余程アットホームやなあ。思い出せばグスン。
青春時代も荒れとったなあ。思い出せばココロのよりどころを探しとったん。

そんなこんなも幾星霜。いまやニャンくんがはべっていてくれるさかい、平和なもんや。
逆にときどきニャンくんの安眠を妨害しとるようなもんや。すまんなあ。
パッちゃん.gifそこで玉座に召しますパトラくんのごくごく近影。そろそろ年末のシャンプー・カット・トリートメントやねんけど、どないなることやろ。この瞳にはいささかも邪念が無いでっしゃろ。この瞳と見詰め合うとなあ、ホッとしますねん。こいつは信じられる!というとこですかなあ。
むかし少女たちの目もこんな風に澄んでおったんやけどなあ。思い出せばグスン。

プラトン2008.8.16-2.jpgもうおひとかたは身をいっぱいに伸ばしてご就寝中や。
こちらは眼よりも体で表現してくれる直接的なお方ですわ。プラトンちゃんのことやけどなあ。ベッドの上にひょいと飛んできたかと思うまもなく、横向きの吾輩の肩越しに覗きよるんや。
前触れなし、結構重いんですわ、これが。そんなこと、いささかも頓着なし。気にしない気にシナイのノンシャランス、これがプラトンちゃんの専売特許。

パトラくんもこのプラトンちゃんの性格にはだいぶてこずっとるようや。まあ、男が女にてこずるようなもんやけどなあ。遠慮がちにその場をすさるパトラくんを見とると、いささか身にもつまされるというか、男同士の理解も深まるんやなあ。
猫は女やと思うてるんやけど、雄と雌でまた、男と女の性差の勉強も深まるとはなあ。なにごとも研鑽あるのみやなあ。
わが家はもうすっかりクリスマス。点滅するライトに彼らも瞳をしばたいてジングルベルや。

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posted by 猫ニャン at 11:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 猫のいる生活

美貌の(!)女性から声を
掛けられることも無くなりました……。




わが家のパトラくん、お散歩を所望しなくなってから、もうだいぶになります。行こうかと気を向けると行かないことも無いのですが、自ら積極的でないと、やはり途中で踵を返し、何が気に入らぬか「やっぱりおウチが一番や」ということか、帰宅をめざすことも多く、催促のない限り連れ出すことも少なくなっております。

猫のお散歩.jpgまるでお散歩という憑き物が落ちたみたいに、近頃は完全にまるで興味を示さないわけです。それまで毎日のように帰宅早々玄関口でご所望されたことを考えますと、ミステリアスではあります。
手間入らずになったので、それはそれでよろしいのですが、ちとその心境のほど知りたいものでもあります。

もう7歳ですから、すっかりおとなになったんだと、よろしきよう理解してきているわけですが、毎日はなかなか大変でありましたが、無くなってみるとちと寂しいものではあります。たまには連れ立って以前のように散策してみたいものではあります。パトラくんと一緒だと、独りでは不審者に見られかねないような近くのマンションの中庭など一緒に見学も出来て、同行の役得もいくつかありましたし、猫のお散歩が珍しがられて、猫好きの、美貌の(!)女性から声を掛けられることも一再ではありませんでしたからねえ。

百獣の王=パトラくん?.jpgなにしろあまり抱かれるのが嫌いなパトラくんでございますから、ずっと様子を伺って春先にはそのケでもあればと思っていましたが、機会もなく、こう木枯らしの季節では吾輩の方も降参ということになってしまいました。
共にお散歩のときはデジカメも持参で、アルバムを整理しきれないほど多量の写真が撮影されたのですが、その撮影の機会も室内だけですと激減、こんな写真が撮れた頃が懐かしいものでございます。

これも変化があって嬉し楽しき 「のほほォ〜ん猫暮らし」とは思うようにしてはいるんですが……背景が限られるとそのポートレイトにも妙味が出てきませんからねえ。
クシュン!

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タグ:猫のお散歩
posted by 猫ニャン at 15:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 猫のいる生活

適度な昼寝は、わが原点を想起させる。




猫と共に居ると、時には昼寝のある生活をしてみたくなる。
ところが昼寝に該当する時間はなんらかお仕事もしなければならず、おいそれとうたた寝を決め込むわけにはいかない。

そうは言っても、月に一度くらいは、今日こそ昼寝とそれこそするべき全てをうっちゃって、今するべきは昼寝と、グースカピースカにはまり込むことがないではない。

そんなときは一気呵成に眠りに入れるかというとそうでもなくて、走馬灯のように請求がましくあれこれ雑事が点灯し、邪魔をはることも多いのは雑念の多い人の宿命でもあろうか。

王様のお休み=パトラくん.jpgと、そんな想いで寝返りを打って見やると、ベッドの横の彼らのベッドにもうすっかりうたた寝を決め込んでいるのがわがニャンくんたち。
音もなく気配もなし、悠久の過去からそこに寝そべっていたかのように、眠りの後発隊にもかかわらず、さすが眠りの達人にあらせられて、吾輩の気配にチロッと薄目を開けて見やっても、すぐまたムフフ…の世界へ。

わが家の全員集合を知り、彼らの安息に見習うごとくそうして吾輩も………の世界へ。
まことニャンくんたちはひとの心の鎧を解き放ち、すっかり幽明の垣根を取り払って、眠りに誘う天才でもある。

プラトン2007.11.3そしてもうこんな時間?とめざめるのはやや薄暗くなった夕刻となるのであるが、ウ〜ン、よく寝たなあとベッドを跡にして起き抜けようとする気配にこれもニャンくんたち、すぐさま気づいて薄目を開け、「もう起きるんかいな」とこれ見よがしに寝返りを打ち、「ワイはもうちっと寝るでえ」とのたまう。

彼らにはおそらくいっさいのしがらみはなく、いや、モミモミや、その眠りへのしがらみこそあれ、人の世の軋轢を隠したしがらみはなく、それこそしがらみを寸断していくいさぎよさにふと、若き吾輩もこうではなかったかと、思い至る。

まこと猫と共に在ると、そうしてすべてのよしなしごとを離れて、若き夢想にまた立ち返る、そんな時間を提供してくれるものではある。そういえば吾輩も22日、ニャンニャンの日の生まれ、無理もなからぬ昼寝のある生活への絶えざるあこがれではある。

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posted by 猫ニャン at 02:53 | Comment(1) | TrackBack(0) | 猫のいる生活

天上の音楽さえ聴こえそうなので、
最近マーラーを聴かなくなりました。




わが家の主(あるじ)はパトラくん(チンチラ・ゴールデンのオス)とプラトンちゃん(スコティッシュ・フォールドのメス)――個性豊かな、室内に彼らがいるだけで優雅光線を発して、の〜んびり、のほほ〜んの絶妙の空気を醸し出してくれます。
          
2008.9.13プラトン7.jpgあれこれご不満もおありかと思いますのに、いささかも愚痴をこぼさず、いっさいイラつくこともされずに、ただただあるがままを愛して、彼らを見ているとわが家には神々が降臨(にして光臨)しておられますな、といった趣でございます。

その神々は、神々同士でドッスンバッタンのエクササイズも時にはされるわけでありますが、おおむねおひとりづつそれぞれの世界で、身づくろいをしたり、夢の世界にさまよったり、遥か永遠を見つめて、時には吾輩自身にも視線をさまよわせ、何をやくたいも無いことに精を出して日を送っているのかと、やんわりと諭されたりもするのでございます。

パトラ.jpgそうと気づくと、吾輩も小休止、ここでいっぷく(と申しましても喫煙ではなく)ティータイムと、そのまま連続ドラマのごとく見かけたままの映画の続きを安楽椅子に身を預けて楽しむことと相成ることもしばし、彼らもよしよし、それで良しと、安心したようにまた自らの世界に舞い戻るさまを見ておりますと、吾輩もともども心豊かに安息が得られるわけでございます。

まこと三位一体、互いに引力のバランスがこうして絶妙な位置を保ちまして崩れることのないのは、ヘタな人間関係を超越するものでもございまして、この快美悦楽の気風を知らずになんと永き道のりを歩んできたものよなあと、深く越し方を反省するわけであります。

あれもしたいこれもしたい、あれも欲しいこれも欲しいと、とかく際限のない人間の、いわば抑制の自制装置(いや、リモート・コントロールかもしれません)として、彼らは天上よりつかわされているのではありますまいか。
そう考えますとすべて合点が行き、その大きな瞳にくるみこまれる安堵感に、また重ねて感謝とゆったりとした時間が跳び込んで来るわけとなるのでございます。

ほんにニャンくんは置いてみれば高級(恒久?)インテリアにして、人生を正道に戻す自動装置でもありますからして、お宝でございますなあ。ご褒美で思いつくのは100円前後の猫缶しかないのは申し訳ないようなことで、いつも感謝光線で彼らを慈しむ吾輩ということになるわけであります。

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posted by 猫ニャン at 20:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 猫のいる生活

わが家系の異端児たる吾輩は猫好き!




少年時代はほとんど犬がいて、わが家系には犬の伝統はあっても、猫好きの気配すらないと聞く。その吾輩がニャンくんのメールマガジンまで嗜むことと相成ったのはいかなる仕儀であるか。
ご先祖様からすると、まことに突然変異なるシワザであるに違いない。

吾輩の嗜好(志向)からしてみるとすべて合点のいく仕儀なれど、客観的にはなかなか説得力がないらしい。第一、野良犬が猫と生活しているようなものだというのだ――これはあくまで外野のご意見で、吾輩の卓見では貴族が猫と生活している、まことに理のかなったことなのであるのだが……。

肉球スツールサムネイルなし.jpgつらつら考えてみるに、家出を敢行したりして独立への道を早くから模索したのも、圧政と束縛から逃れたい一心で、いま思うてもけなげなもんやったなあ。
これも世間では不良ということなんだけど、いうことを効かせようとしてもちっともいうことを効かないニャンくんと、ココロは同じやったんやなあ。そう、いまでは芯から合点がいく。

そんな吾輩の心を知ってか知らずか、わが家のおふたりさんは吾輩を猫と思っているフシがある。吾輩も彼らがまどろんでいるのが羨ましいものだから、最大の望みは昼寝のある生活で、そのとおり極楽を決め込むと決まって彼らも移動してきて全員集合、同様のゴロンゴロンの仕儀となる。

しかし毎日が昼寝のある生活とは行かぬので、せっせセッセ稼がにゃならんとばかりにPCに向かうとまことに彼らはご不興。そんなんせんと、はよ遊ぼゥ、とばかりに吾輩をつぶらな瞳で見上げて抗議の連続。
外出するお仕事のときは「なんや行ってしまうんかい。わいら寝てまうからな」とあっさりしたものですが、彼らのテリトリーであるわが家ではそんな詮無いことええ加減にして欲しいわ、というのがどうやら彼らの願い。

なにやら束縛されとるようやけど、猫に束縛されるのはほどほど心地良いけれど、人間には束縛されとうないというのはやはり典雅なる自由というものを希求すれば、詮も無い不思議なことわりですかいのう。

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posted by 猫ニャン at 12:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 猫のいる生活

きみも天上びとに成ってみないか?




わが家にはあらゆる場所に猫がいる。
ゼーンブほんものの猫であるほど豪邸であれば、各部屋ごとに猫の名を冠してその調度も工夫したいものだが、長屋マンションではそうもいかぬ。

そこでいささか小ぶりな猫がそちこちに置かれる、というハメとなった。
ときには同じ猫科の虎、共に置いて絵になるトッポ・ジージョなんかもいる。トトロもいれば、ETもいる。トラッキーもいればラッキーもいる。

頂いたものや自ら旅行先で求めてきたもの、増える一方で、口の悪いのには人間が小物やから小物を集める、と言われたりもするが、なあに、猫好きのココロがわかってたまるかい、というところである。

共に過ごしてこその猫の素晴らしさである。それを先頃メールに<天使の振舞い>と書いた。
天使は天使の前でしか天使にならんのである。故に吾輩は天使である。
つまりは天使が天使に囲まれる風情が、猫があらゆる場所に鎮座する理由である。
GOODS(8).jpg
――なんのこっちゃ。
とは申しましても、これは世界の猫好きならハタとわかっていただける話でありまして、絵の素材として、写真の素材として、はたまたグッズの素材として、猫を対象にするならそれは天使を描く藝術家のお仕事である。
藝術の出来に一長一短はあるにせよ、なんと心地よい藝術よのう。
猫に囲まれた生活――つまりは天使に囲まれた生活だからして、吾輩は天上びとにもなってしまうのである。

つまりはこうしてここに書く行為は、神々の降臨、ちゅうわけかもね。
カミガミの反対語はシモジモや。
その差は、そこに猫が介在しているか否か、これで決まるんかもね。
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posted by 猫ニャン at 10:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 猫のいる生活

なにはなくとも猫生活、
こんな風に穏やかなもんよ。




ときには終日外出もせず、と言っても、買い物かお散歩、野暮用で近所くらいは出かけることにはなりますが、そんなときでもニャンくんは
それと気づき、憂いを含んだまなざしで睡魔を振り払いそっと見つめています。

「すぐ帰ってくるよ、心配ないからね」
などと気休めを言って慰めつつ出かけるのだ。

(なんだ。新しい食い物もしばらく出んのか、やれやれ)
ということくらいかもしれませんが、取り残されるような表情にこちとらはよろしき解釈をして、その親愛の情に向かいたいとは思うのであります。

であるからして、少々の時間でもあれば、スキンシップよろしく、あれこれ語りかけ抱擁のひとつもするわけです。
「おまはんとも長いおつきあいやなあ。もうすぐ7年やでえ。同棲もここまで長くは続かないもんやねんけどなぜかニャンくんだとなあ。無理なくイケるよなあ。ありがとサン、これもひとえに我慢強いおまはんのおかげや。感謝しとるねん」
言いながら頬づりなどを致すわけです。
猫調味入れ.jpg
(またまた困ったクンやなあ。世話にもなっとるさかい、ちょっとだけなら我慢してやるけどなあ。……長〜い、もおエエちゅうねん、そのぐらいにしときいな。かなわんなあ)
という方が、真実なのかもしれませんが、これもことばが行き来しないだけに、決して断絶とならず、心優しい吾輩にも自ら満足するわけとなります。

所詮人間なぞ勝手なもので、癒しとは言いましても自らの癒しではあっても、ニャンくんの癒しと、果たしてわが存在がなっているのか、まことに心もとない疑問で、まあ便宜ぐらいではあるでしょうが、その罪滅ぼしによく言うのは、
「ゆっくりなあ、いつも面倒かけてすまんなあ。なんも心配ないからね、そんな心配そうな顔しないでいいよ。大船に乗った気いでゆっくりしたってえな」
などと、やくたいもないことどもをつぶやきます。

なんのことはない独り相撲なのかもしれませんが、口ゲンカにも言い争いにも、ましてや肉体を賭した争闘にもならず、それでも通りすがりにスリスリなどしてなおかつ親愛の情を示すニャンくんですから、とても不仲などにはなりようもない猫生活、絶妙のパートナーにして、伴侶というわけではございます。
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posted by 猫ニャン at 11:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | 猫のいる生活
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